バチカンは本当に「第三の予言」をすべて公開したのか?
- 八木 裕太
- 6月29日
- 読了時間: 5分
こんにちは。
やぎ鍼灸接骨院 町田木曽院の八木裕太です。
1917年。
ポルトガル・ファティマで起きた「ファティマの奇跡」。
現在でも世界中で語り継がれるこの出来事には、「三つの秘密(予言)」があったとされています。
第一の秘密。
第二の秘密。
そして、最も謎に包まれている第三の予言。
実は、この第三の予言こそ、現在でも世界中で陰謀論や議論が絶えない理由になっています。
今回は、その内容だけでなく、「なぜ公開されなかったのか」という視点から見ていきたいと思います。

ファティマの奇跡とは
1917年、ポルトガル・ファティマで3人の羊飼いの子どもが、聖母マリアとされる存在を目撃したと証言しました。
その中でも中心人物となったのが、ルシア・ドス・サントスです。
ルシアは、「聖母から三つの秘密を授かった」と語っています。
第三の予言も、最終的にはルシアが書き残した文書が唯一の情報源となっています。
つまり、第三の予言を知っていた最初の人物はルシアであり、教皇ではありませんでした。
第一の秘密
第一の秘密は、地獄の幻視でした。
ルシアたちは、多くの魂が苦しむ地獄の光景を見せられたと証言しています。
そして聖母は、祈りと悔い改めの大切さを伝えたとされています。
これは信者に対する警告であり、「人は自らの行いによって救われるか否かが決まる」という宗教的な意味合いを持っています。
第二の秘密
第二の秘密は、未来への警告でした。
内容は大きく二つあります。
一つは、第一次世界大戦は終わるが、人々が神を敬わなければ、さらに恐ろしい戦争が起きる。
というもの。
もう一つは、ロシアが世界中に誤った思想を広める、という内容です。
後に起きた第二次世界大戦や共産主義の拡大を連想させるとして、多くの人がこの予言に注目しました。
そして第三の予言へ
第一と第二の秘密は比較的早い段階で公表されました。
ところが、第三の秘密だけは違いました。
ルシアは1944年、第三の予言を書き残し封印します。
そして、「1960年になれば内容が理解されるだろう」という趣旨の言葉とともに保管されました。
ところが……
1960年。
世界中が公開を待っていましたが、バチカンは公開しませんでした。
理由は、「まだ公開する時期ではない」というものでした。
約40年間の沈黙
第三の予言が公開されたのは、2000年。
実に約40年後でした。
公開された内容は、白い服を着た司教(教皇を思わせる人物)が、荒廃した町を進み、最後は兵士たちによって命を落とすという象徴的な幻視でした。
バチカンは、これは1981年の教皇ヨハネ・パウロ2世暗殺未遂事件などを象徴したものだと説明しています。
陰謀論が生まれた理由
ところが、この公開は逆に新たな疑問を生みました。
本当にこれが全文なのか。
なぜ1960年には公開しなかったのか。
「聖母の言葉」が存在する別の文書があるのではないか。
教会内部の腐敗や終末について書かれていたため、公開できなかったのではないか。
こうした説が現在まで語り継がれています。
もちろん、それらを裏付ける決定的な証拠は見つかっていません。
一方で、「全文公開された」という説明も、外部から完全に検証できるわけではありません。
証拠の多くは、バチカン自身が保管・管理しているからです。
私が感じた違和感
ここからは私個人の考えです。
私は特定の宗教を信仰しているわけではありません。
むしろ宗教そのものには懐疑的な立場です。
だからこそ、第三の予言について一つの疑問が残りました。
それは、「聖母マリアからの啓示」とされるものを、最終的に公開するかどうかを人間が決めていることです。
教会の考えでは、ファティマは「私的啓示」という位置づけです。
つまり、教会が真偽を判断し、信者へどう伝えるかを決める立場にあります。
この考え方自体は理解できます。
しかし一方で、もし本当に聖母マリアからの重要なメッセージだったのであれば、人間の組織が40年間封印し、公開時期や解釈まで決めるという構造には、私は少なからず違和感を覚えます。
もちろん、だからといって「何かを隠している」と断定することもできません。
その証拠はありません。
ですが、逆に「本当にすべて公開された」と外部が完全に証明することもできません。
院長の考察
私はUFOや超常現象が本当に存在するなら、とても面白いと思っています。
だからこそ、信じるためには十分な材料が必要だとも考えています。
第三の予言についても同じです。
「隠された予言がある」という証拠はありません。
しかし、「すべて公開された」
と外部が確認できる状況でもありません。
また、私が興味を持ったのは予言そのもの以上に、なぜ第三の予言だけが約40年間も公開されなかったのか、という点です。
もし慎重な判断だったのであれば、その理由を知りたい。
もし別の理由があったのであれば、それも知りたい。
この「説明しきれない空白」がある限り、第三の予言はこれからも世界中で議論され続ける
のでしょう。
皆さんは、この40年間の沈黙をどう考えますか。
ご予約はこちら
やぎ鍼灸接骨院 町田木曽院
住所: 町田市木曽東4-17-1 2F
営業時間:9:00~19:00
定休日: 水曜
アクセス:神奈中バス「木曽住宅」下車徒歩2分